『サーキット・スイッチャー』 - 安野貴博著

あらすじ

著者ご本人が他メディアでお答えになられていたあらすじを引用させていただく。

 舞台は人の手を一切介さない”完全自動運転車”が急速に普及した2029年の日本です。自動運転アルゴリズムを開発する企業の代表兼エンジニアの主人公が、ある日仕事場の自動運転車内で襲われ拘束されます。

 謎の襲撃犯は、「坂本は殺人犯である」と宣言し尋問を始め、その様子を動画配信サイトを通じて世界中に中継しはじめます。そんな極限状況の中で、様々な人たちが事態解決のために知恵を絞る……、というあらすじとなっています。

 自動運転やAIなどの一見むずかしいテーマを扱ってはいますが、予備知識がない方でも楽しんでいただけるのではないかと思います。

出典:ソフトウェアの障害対応をネタに 現役エンジニア・安野貴博が執筆した近未来サスペンスの創作秘話 | インタビュー | Book Bang -ブックバン-

感想(核心に迫るネタバレ無し)

本書は近未来(2029年)の東京を舞台にした小説であり、SFと分類されているがどちらかというと技術的なテーマをベースにしたスリラーと思われる。完全自動運転が成立した近未来の日本にて、国内に普及している自動運動アルゴリズムの開発を一手に担う企業の代表兼エンジニアがカージャックに見舞われる。この自動運転アルゴリズムに絡む背景設計はなかなか面白く、某トヨタ自動車を彷彿とさせる国内自動車大手企業(しかも社長は親族による世襲制)の子会社である主人公が起業した会社が国内の自動運転アルゴリズムのシェアをほぼ独占しているという設定だ。一方で海外でのシェアはアジア圏で若干のシェアを持つのみという設定は興味深い。確かに自動運転アルゴリズムが、各国の交通法規制や独自の道路環境などに沿って設計・運用されなければならず、また同時に国内の交通インフラの脆弱性となりえて国防上の意義を持つとも考えると各国で独自の保護産業化することはありえるかもしれない。というように全体的に思考実験的な楽しさを提供してくれテンポよく読める小説であった。

以下ネタバレあり注意

 

 

カージャックの真相はトロッコ問題化した交通事故の被害者遺族であり、データサイエンティストでもある犯人が、トロッコ問題に直面した際の被害者選定ロジックに人種差別的偏りがあることを疑い、それを検証するために仕掛けたものであった。

被害者遺族がデータサイエンティストであったからこそ、交通事故の真実を追い求めるうちに特定の傾向があることを発見したというのは中々面白く、この辺りの被害者のジャーナリスティックなアプローチをもう少し描いても面白かったと思われる。

主人公は対人恐怖症であり極力人とコミュニケーションを取らずに、開発製造に従事するという生活を送ってきたが、交通事故の遺族感情に触れることで単なる数字の裏に幾多の人生、悲喜があるという事実に直面し若干の反省というか成長をしたようにも受け取れるが、才能の一方でハンディを抱えた主人公の生き方が間違っているとも思えなかった。

最終的にはアルゴリズムに見られた恣意性は、交通事故時の賠償金を極力減らそうとする完成車メーカー社長の意図的なチューニングであったと判明する。あえて言えば、交通事故の原因がどこにあったかは様々な要因が考えられるため、全ての事故において完成車メーカーが一方的な責任を負わされるという設定はやや非現実的にも思えた。

どちらかというと主人公をデータサイエンティスト側に置き、取材やデータ分析、ジャーナリスティックなアプローチでアルゴリズムの恣意性を突き止めていき、それを社会の判断のもとに晒す、みたいな小説でも面白かったかもしれない。