『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』- 太田 泰彦著

要約

米中対立の激化に伴い、戦略物資としての半導体の価値が高まっています。米バイデン政権は政府助成による国内企業のテコ入れを急ぎ、中国への技術移転を阻止する政策を矢継ぎ早に打ち出しました。日本でも半導体産業の復興を目指した国家戦略が始動しています。自動車で進むCASE革命をはじめ経済のデジタル化において半導体は不可欠な存在であり、需要は高まり高度化もますます進んでいます。 経済のグローバル化が進み、半導体をはじめとするテクノロジー産業では、国際的な分業・物流が発達しました。米中で二極化する世界では、複雑化したサプライチェーンの要衝を戦略的に支配下に置かなければ、経済の安定と競争力を保てなくなっています。
政府が経済を管理する国家安全保障の論理と、市場競争に基づくグローバル企業の自由経済の論理が相克し、半導体をめぐる世界情勢はますます不透明になっていきます。
日本は20世紀に「半導体大国」と呼ばれ、世界の市場を席巻しました。だが、米国、韓、台湾との競争に破れ、かつての権勢は見る影もありません。大きく変わる国際情勢の中で日本に再びチャンスは訪れるのでしょうか。半導体産業の復興を夢見て、水面下では政府、企業がにわかに動き始めています。
本書は、米中対立の情勢分析、最先端の技術開発の現場ルポ、過去の日米摩擦の交渉当事者の証言などを交えながら、技術覇権をめぐる国家間のゲームを地政学的な視点で読み解き、ニッポン半導体の将来像を展望します。

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感想

戦略物資としての半導体産業に関し、どのようなキープレイヤー(企業)が各国に存在しており、それを米国、中国、ヨーロッパ各国がどのようにして囲い込もうとしているのかをエキサイティングに説明している。2020年に米国が米国製の機器やソフトウェアを利用した半導体製品を中国企業へ輸出することをを禁じたことにより、中国企業は大きな打撃を受けることになったわけだが、本書内でも指摘があるようにこれは実は諸刃の剣であり、中国国内で米国に依存しない半導体エコシステムが育つことを加速させている側面もあるわけである。本記事を書いてる時点では2023年2月だが、実際に米国のこの措置がどのような影響を及ぼすのかウォッチしていき本書の内容と照らしわせると面白そうだ。自分自身いわゆるテック関連企業で勤めとつつも、WEBサービスを中心としているため半導体はニュースで聞くくらいしか馴染みがない。1社くらい半導体企業の株を買って興味を喚起するのが良さそうだ。半導体サプライチェーンは本書が書き上がるくらい複雑だが、台湾のTSMC半導体製造においては規模、質ともに圧倒的な地位にあるとのこと。同企業の株を買うのもありだが、どうしても台湾有事が頭にちらつくやはり身銭を切ろうとすると物事を普段よりは真面目に考えられる。ということで米国あたりの半導体製造企業の株でも買ってみようか思う。

本書から感じることとして米国であっても長期的な国家間のパワーバランスの予測には苦慮しているのだろうなということ。結果的にTSMC半導体で高シェアを誇り、その企業が中国が実質的には領土とみなしている台湾にあるということが米国にとって大きなリスクとなっている。米国をもってしても半導体がここまで主要な資源になり、かつその配置が現在のような形になることを予測やコントロールはできなかったということだ。

一方で一度戦略を定めてからの遂行力は凄まじい。自由貿易の観点や米国産業界からみても大口顧客である中国企業への輸出を制限し、同時にTSMCの工場を米国国内に誘致するためになんと5兆円を超える予算額を確保したとのことだ。つくづく徹底ぶりに驚くとともに、このような国家100年の計とも言える動きと民主主義の相性の悪さも感じずにはいられない(そもそも国家の大局的な狙いは秘すべきインテリジェンスであるのに、それを民主主義的に信任してもらうとは矛盾ではないか)。とは言え、実は半導体輸出制限をかけたトランプ政権に対して、このカードをはたき掛けたのは米国のインテリジェンスであったとのことであり、バイデン政権も此れ幸いとこの動きを追認したことを考えると国内には長期的な視野を持った人間がいて、政治状況すら利用しつつ望ましい方向の実現を目指していることも感じられた(多分日本も一緒なのだろうが)。

 

『サーキット・スイッチャー』 - 安野貴博著

あらすじ

著者ご本人が他メディアでお答えになられていたあらすじを引用させていただく。

 舞台は人の手を一切介さない”完全自動運転車”が急速に普及した2029年の日本です。自動運転アルゴリズムを開発する企業の代表兼エンジニアの主人公が、ある日仕事場の自動運転車内で襲われ拘束されます。

 謎の襲撃犯は、「坂本は殺人犯である」と宣言し尋問を始め、その様子を動画配信サイトを通じて世界中に中継しはじめます。そんな極限状況の中で、様々な人たちが事態解決のために知恵を絞る……、というあらすじとなっています。

 自動運転やAIなどの一見むずかしいテーマを扱ってはいますが、予備知識がない方でも楽しんでいただけるのではないかと思います。

出典:ソフトウェアの障害対応をネタに 現役エンジニア・安野貴博が執筆した近未来サスペンスの創作秘話 | インタビュー | Book Bang -ブックバン-

感想(核心に迫るネタバレ無し)

本書は近未来(2029年)の東京を舞台にした小説であり、SFと分類されているがどちらかというと技術的なテーマをベースにしたスリラーと思われる。完全自動運転が成立した近未来の日本にて、国内に普及している自動運動アルゴリズムの開発を一手に担う企業の代表兼エンジニアがカージャックに見舞われる。この自動運転アルゴリズムに絡む背景設計はなかなか面白く、某トヨタ自動車を彷彿とさせる国内自動車大手企業(しかも社長は親族による世襲制)の子会社である主人公が起業した会社が国内の自動運転アルゴリズムのシェアをほぼ独占しているという設定だ。一方で海外でのシェアはアジア圏で若干のシェアを持つのみという設定は興味深い。確かに自動運転アルゴリズムが、各国の交通法規制や独自の道路環境などに沿って設計・運用されなければならず、また同時に国内の交通インフラの脆弱性となりえて国防上の意義を持つとも考えると各国で独自の保護産業化することはありえるかもしれない。というように全体的に思考実験的な楽しさを提供してくれテンポよく読める小説であった。

以下ネタバレあり注意

 

 

カージャックの真相はトロッコ問題化した交通事故の被害者遺族であり、データサイエンティストでもある犯人が、トロッコ問題に直面した際の被害者選定ロジックに人種差別的偏りがあることを疑い、それを検証するために仕掛けたものであった。

被害者遺族がデータサイエンティストであったからこそ、交通事故の真実を追い求めるうちに特定の傾向があることを発見したというのは中々面白く、この辺りの被害者のジャーナリスティックなアプローチをもう少し描いても面白かったと思われる。

主人公は対人恐怖症であり極力人とコミュニケーションを取らずに、開発製造に従事するという生活を送ってきたが、交通事故の遺族感情に触れることで単なる数字の裏に幾多の人生、悲喜があるという事実に直面し若干の反省というか成長をしたようにも受け取れるが、才能の一方でハンディを抱えた主人公の生き方が間違っているとも思えなかった。

最終的にはアルゴリズムに見られた恣意性は、交通事故時の賠償金を極力減らそうとする完成車メーカー社長の意図的なチューニングであったと判明する。あえて言えば、交通事故の原因がどこにあったかは様々な要因が考えられるため、全ての事故において完成車メーカーが一方的な責任を負わされるという設定はやや非現実的にも思えた。

どちらかというと主人公をデータサイエンティスト側に置き、取材やデータ分析、ジャーナリスティックなアプローチでアルゴリズムの恣意性を突き止めていき、それを社会の判断のもとに晒す、みたいな小説でも面白かったかもしれない。

限りある時間の使い方

『限りある時間の使い方』を読了したため、同書を読んで考えたことをつらつらと書いておく。

 

後で思い返すためにも書き残しておくべきだか、直近の自分は半分鬱状態であった。明らかに自分の手に余る難易度や量のプロジェクトを引き受け、結果一つ一つがスケジュール通りに進行しない、中途半端なクオリティに終わる。必死で仕事しようとも思うが、締切が遠ければダラダラとSNSで時間を潰す。そしてそのことがさらに自己嫌悪をつのらせ仕事の能率を下げる。そんなふうに仕事に日々の大半を少なくとも気分的には費やしているのに、こんな仕事になんの意味があるのかと考えている。本当はもっと価値のある何かに自分の時間を使うべきのではないか、本当の自分はもっと価値のある人間なんじゃないか、そんなことを考えては暗い気持ちになる。こんな具合である。

 

さてそんな自分にとって本書は少なくとも、時間は自分の思い通りにコントロールなんて出来ない、やりたいことやらなきゃいけないことがあるなら今やるべきだし、自分が投げ込まれた唯一のそしてあり得なかったかもしれないこの人生に感謝して楽しむしかない、と思わせてくれるものだった。

 

切迫感や不安感に飲み込まれそうになったときのために、気に入った言葉を引用しておく。

 

引用編

やるべきことはいつだって多すぎるし、これから先もそれはきっと変わらない。そのなかで心の自由を得るための唯一の道は、「全部できる」という幻想を手放して、ひと握りの重要なことだけに集中することだ。

そういつだってやるべきことは多すぎる。いつか落ち着いたらと思うけどそんなときは一生来ない。全部のタスクをこなし、他者の期待(実はこの世で一番意味のないもの)に無限に応えようとするのを諦めるしかない。

 

何かが存在することが、どれほど驚異的か。それに気づかない人は、自分の人生を当たり前のものだと考える。自分の人生はすべて自分の好きにできるものであって、絶対に奪われてはならないと思い込んでしまう。でも、逆に考えてみてほしい。無限にあったはずの時間を奪われるわけではない。そもそも、時間が少しでもあること自体が、不可解なほどに奇跡的なことなのだ。

自分が望んでない出来事や感情に晒されてるときなんて理不尽なのかと思うが、本当は自分の人生があること自体が脅威なのだ。今不快や不安を感じている自分を受け入れ、そのことに驚き感謝したい。

 

難しいタスクを落ち着いてやり遂げるには、完璧に没頭できる状態を夢見るよりも、嫌な気持ちをそのまま認めたほうがいい。苦痛や退屈を否定せず、今起こっていることをそのまま見つめたほうがいい。

難しいタスクはいつまでたっても難しいし悩ましい。放置してたら好転することはない。頭痛を抱えながら淡々と取り組むのである。

 

「何が起ころうと気にしない」生き方とは、未来が自分の思い通りになることを求めず、したがって物事が期待通りに進むかどうかに一喜一憂しない生き方だ。それは未来を良くしようという努力を否定するものではないし、苦しみや不正をあきらめて受け入れろという意味でもない。そうではなく、未来をコントロールしたいという執着を手放そうということだ。

何が起ころうと気にする必要はない。いちいち反応するのをやめて、淡々とやるべきことをやろう。

 

でも本当は、計画というのは、すべて現時点での意思表示にすぎない。自分のささやかな影響力で未来にどう働きかけたいか、その考えを明らかにしているだけだ。

あらゆる計画は大抵思い通りにならない。計画がなければ物事は前に進まないが、計画どおりにできなかったことを気に病んでも仕方ない。次は後1ミリましな計画を作ろう。

 

現代に生きる僕たちは、休みを「有意義に使う」とか「無駄にする」という奇妙な考えにすっかり染まっている。将来に向けて何らかの価値を生みださないものは、すべて単なる怠惰でしかない。休息が許されるのは、働く元気を取り戻すためだけだ。こうして純粋な休息としての休息はどんどん肩身が狭くなっていく。将来のためにならない過ごし方をすると、なんだか悪いことをしたような気分になる。

休息とは休息である。何かのための手段でない純然たる目的としての時間だからこそ価値があるのだ。生産的な休みなどという暴論に惑わされるな。

 

「ある老人がワインを飲み、満ち足りた気分になる。そのことに価値がないというのなら、生産も富もただの空虚な迷信にすぎない。生産や富に意味があるのは、それが人に還元され、暮らしを楽しくしてくれる場合だけだ」

楽しみを否定し、すべてを将来のための投資とするすべての価値観や言説に。

 

あなたの日々は、完全無欠の未来のための準備期間ではない。そんな仮定で生きていたら、人生の4000週間を充分に生きることはできない。

今に集中しよう。

 

「椅子でお湯を沸かせないからといって、椅子に失望する必要はない」とランダウは言う。椅子はもともとお湯を沸かすようにつくられていないのであって、そんなことを期待するほうがおかしいのだ。「自分がミケランジェロモーツァルトアインシュタインと同等の業績を残せると考えるなら、そもそも期待値の設定がまちがっている。人類の歴史でそれほどのことを為した人は、まだほんの数十人しかいないのだから 」

自分の人生に価値がないかもと悲観したときに。

 

現実的なテクニックのメモ

本書では時間へのコントロールを諦めると同時に不安感から離れて今に集中するためのテクニックが紹介されているため、実践のためにメモする。

 

1.同時進行させるプロジェクトは3つまで。3つ以上のプロジェクトは推進できないと認め諦める。

2.タスクリストは開放と固定に分けて、開放には好きなだけ入れる。固定に入れられるのは10つまでにする。

3.仕事の時間を決める。

プロジェクト・ヘイル・メアリー

プロジェクト・ヘイル・メアリーを2022年末にようやく読了した。本作品は2021年末頃に日本国内出版され、各所で話題となっていたが遅ればせながらようやく手に取った。あまりの面白さに2日間程度で上下巻を読破。自分としては三体以来のページをめくる手が止まらないような作品であった。作品のあらすじなどはこちらの記事などを参照頂くと良い。作品の性質上先の展開を知らずに読むほうが楽しめるため、未読了でネタバレが嫌な方はこちらでお引き返し頂きたい。間違いなく自分が2022年に触れた全コンテンツの中で最上位(ジャンル全く違うが映画RRRとためをはるくらい)であったのと、読了後にいくつか思ったことがあるため記録のためにつらつらと文章にする。

何がそんなに面白いのか

そもそも自分はSFのミステリー的側面が好きである。作品冒頭に説明のつかない不可思議な現象や謎が提示され、その魅力的な謎を解決するために論理的・理知的なステップを踏んでいき徐々に明らかにされていく快感が自分がSFが好きな理由と思う。プロジェクト・ヘイル・メアリーでは地球の命運を左右する自然現象として太陽エネルギーを吸収して成長する生物であるアストロファージとそれによる地球(というか太陽系の)寒冷化の解決をテーマに置きつつ、密室空間で記憶喪失状態で目覚めた主人公が科学的アプローチで自分が航行中の宇宙船にいることを特定していくプロセスや、異星生命体との異文化コミュニケーションなど、細かな課題を諦めずに解決していくという作品全体が論理的なアプローチでの課題解決に溢れているのが楽しい。

ファーストコンタクトものもしくは異文化コミュニュケーションものとして

完全にネタバレなのだが作品途中から本作はファーストコンタクトものだったことがわかる。アストロファージの被害を受ける星系に住まう異星生命体であり、主人公と同じミッションを持ったロッキーが登場する。このロッキー、見た目は岩でできた人間の半分サイズくらいの蜘蛛型の生物らしく、まあまあグロいわけなのだが、主人公とは分子模型をとっかかりに共通言語を見つけていき数字など徐々にコミュニケーションを図っていく。ロッキー達(確か作中で主人公は彼らをエイドリアンを名付けたはず)は光に頼らず音や触覚のみを受容器官とする生物なのだが、それが明らかになっていく過程やエイドリアン達の性向/文化などが楽しい。

危機の時代のリーダーとしてのエヴァ・ストラット

作中の時系列でいうと前半にあたるが、太陽光の微量な減少が明らかになった後、その原因の特定と解決にエヴァ・ストラットという人物が任命される。彼女には相当な権力が移譲されているのだが、まあものすごく独断専行な人物である。解決のために必要なリソース(ヒト、モノ、カネ、バショ)をあらゆる手段を使い、受け手の選択肢を無視する形でかき集めいていく。多分何事かを成すリーダーってこういう人物なんだろうなと思うと同時にメンバーとして働くのはめちゃくちゃ大変そうである。近しい人物を自分の知る限り現実で思い浮かべるとイーロン・マスクが近しそう。部下が穏当な計画を持ってきたら徹底的にボトルネックを洗い出させ、あらゆる手段を用いて納期の圧縮や求められるスペックに近づけること求めてくる感じ。本来あらゆる仕事はこうであるべきだよな、と思う一方でここまで切迫して解決しなくていけないイシューに果たして自分は一度でも向き合ったんだっけと自分のキャリアを考えてしまった。

使命に殉じるって

前項から続くが、主人公のグレースは元科学者の理科教師なのだが、諸々あってアストロファージの影響を受けない恒星へと赴き太陽に同じことを再現できないかを明らかにするミッションにアサインされることになる。残念ながらこの度は片道切符(帰りの燃料が宇宙船に積まれていない)のだが、彼は死を恐れながらもミッションに殉じていく。そして最終的には科学の面白さを次世代に伝え、文化を紡いでいくという本懐に再度関わることになるのだがこの終わり方がすごく胸を熱くする。人類がこれまで積み上げたものの中に素晴らしいものは確かに存在し、それを少しでも拡張し再度次世代にそのバトンを繋ぐそれが人生の一つの意味かもしれないと思わしてくれる作品だった。

プロジェクト・ヘイル・メアリーの世界を更に楽しむためにオススメの記事

プロジェクト・ヘイル・メアリーを読んだ後にいくつかネット上で記事を読み、すごく面白く参考になったものをちらほらと

 

Audibleのpodcastでプロジェクト・ヘイル・メアリーのネタバレ感想回。友人と感想を語り合うような楽しさがありオススメ。ただし、有料会員じゃないと聴けないので注意。

Ep.10: 「プロジェクト・ヘイル・メアリー」ネタバレ感想プロジェクト | 『アトロク・ブック・クラブ』〜アフター6ジャンクション presents | ポッドキャスト on Audible | Audible.co.jp

 

プロジェクト・ヘイル・メアリーの一部誤訳の指摘。確かに読んでいて違和感を感じる箇所があったのだが、そこがまさに指摘されていて有難かった。

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プロジェクト・ヘイル・メアリーの主人公が実は英語原文だともっと皮肉屋の斜めに構えた奴であるとの記事。日本語訳版ではそのニュアンスはないのでなるほどな〜という感じ。

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